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2008年7月17日 (木)

第1057回・日<サンデーこむぞう>

イタコンピュータ

本日は19世紀の偉大な詩人 アルチュール・ランボーさん

ランボーさん(R) 「無限の愛が沸き起こるのを感じとる、ランボーです。」
慶三さん(K) 「俳句ですか?今のは。」
R 「違います。私の詩です。」
UMUさん(U) 「そりゃそうですよね。」
R 「私は詩人でございますから。」
U 「早熟の天才。」

詩人ヴェルレーヌによって才能を見いだされたとされているランボー。
10代のうちに書いた詩が、20世紀の詩人たちに絶大な影響を与えたというのは、すごい。
写真を見る限り、17歳の頃のランボーさんはなかなかきれいな顔をしている。
10歳年上のヴェルレーヌがランボーくんを気に入ったのもわかる気がする。

K 「ランボーというとシルベスター・スタローンのあっちの方が有名なんですけれどもね、一般的には。」
R 「あのね、違うのよ。私、詩人アルチュール・ランボーと、シルベスター・スタローンランボーと偶然だと思っているが、もともと私がモデルになってるわけ。だから、ランボーなの。知っていた?」

映画「ランボー」は、原作者のデイヴィッド・マレルがランボーに触発されて、彼を主人公に擬して書いた小説「一人だけの軍隊」の映画化だそう。

K 「闘ってんですよ、向こう、戦場で。」
R 「私はね、闘う詩人って自分で呼んでたの。実際にもって。」
U 「銃を撃ちまくってはないですけど。世間と闘ってきたんですかね?」
K 「ペンは剣よりも強し、みたいなことですかね?」

ランボーの詩を「少年が書きなぐったような詩」というもいる。
でも、その反抗期みたいな感覚が世間と闘ってるっていうのはあるのかもしれない。

K 「ランボーさんというのは読解不可能とまで言われたほどの難解な。」
R 「私をテキヤが客を呼び込む時のように難解と思わないでください。」
K 「何を見て思いついてるんですか?さっきから。」
R 「私の頭ん中ですよ。」
U 「湧き出てくるんですよね。」
R 「湧き出てきます。地平線が真っ赤に染めるように湧き出てきますー。」
K 「そんなに難しい言葉じゃないよね、さっきから。地平線が真っ赤に染まるって夕焼けでしょ?要するに。」
R 「理解できません、絶対に。今は君たちに合わせて簡単に言っている。君たちに合わせるためのやつらのもごもごしてるサモウのように言っている。」
K 「もごもごしてるサモウ?」
R 「私が一人で作っているときはとてもじゃないけど理解できないね。難解な詩を私は書けるんでございます。」
K 「最高に難しいキャラに変わってもらっていいですか?」
U 「リアルですよね、そっちの方がね。」

難解なランボーさんに変身(?)

R 「デルゼーブルデルゼーブル パイプ…」
K 「あの、会話になってないですよね。」
R 「あのね、会話なんて私に言わせれば、陳腐。」
U 「会話なんて陳腐だ、と。」
R 「チープな陳腐。」
K 「あ、和洋折衷。」
R 「私に言わせればやせ細った騎士に似ているな。」

恐らく、「吊るされ人の踊り」より。
私の脳みそでは理解できない世界となっております。

U 「全然痩せてないですよ。」
R 「心がだ。」
K 「あー、最低ですね、見た目は太くて心は細い。」
U 「できれば逆でありたいですね。」
R 「それがまさに魔王慶三だ。」
K 「どういうことだ?」
R 「私は常に詩で語っているんだ。」
K 「詩なのか?」
R 「私は詩という文学につるされている男だ。」
K 「ちょっといいっすね、今のは。わかりやすかったけど。」

U 「ランボーさんって20代前半で詩を作るのをやめてるんですよね。」
K 「ネタ切れなんですかね?」
U 「若い時の感性で書いてたとか。」
R 「おい、死んでしまったお前たちよ。」
K 「いやいや、生きてますよ。」
U 「死んでるのはそっちですよ。」
R 「ちょっとうまいこと言うようになってるんじゃない。私は、もっと書いていたんだよ、バカ。」
K 「発表されるとは限らないですからね。」
R 「まるで女が一緒にいたときのように心弾ませて書いていたんだよ。」
K 「まったくストレートな表現ですね。心が弾んでいた、ということですよね。」
R 「尻の穴。」
K 「何なんですか、さっきから。」
R 「私は尻の穴だよ。私は尻の穴を開くさまの夢を見ているのだ。」
K 「いい感じで意味わかんなかったですね。」

ランボーは「尻の穴のソンネ」という詩を書いているらしい。
10代にしてすごい感性です。

K 「UMUちゃん、オレは思い入れがあるわけよ。ランボーさんとボクの出会いは17歳のころなんですよ。」
R 「17歳。草木も咲いたころだな。」
K 「花は咲かないっすか?」
R 「花は咲かないな。まだまだね、腐った菌にまみれた苔にまみれてる頃だな。」
U 「おぉ、わかんないな。」
K 「腐った時にあえて咲く、と。花が。」
R 「そうだな、17の頃の汗っていうのはまるでミルクの涙のようだ。」
K 「おぉ、あれ、どこ見てるんだろうな。」
R 「ばかやろー。どこも見てないよ。」
K 「ランボーさんの目というのは、遠く明日を、とかね、どこ見てんのかな?と思って。」
R 「まったく失礼な。どこも見てないよ、私は。」
K 「ミルクの涙。」
U 「液体の液体ですね。」

「コケ」も「ミルクの涙」も「尻の穴のソンネ」に出てくる。
その他「熱狂するオリーブ」「甘ったれのフルート」…もう私の想像力をはるかに超えています。

R 「対アフリカのODAの戦略的対応を話し合うような錯覚だな。」
K 「ウィッキにおまかせ、みたいなやつ、やめてくださいよ。」
R 「私の詩だよ、今のは。」

5月20日に政府開発援助(ODA)の戦略的対応を話し合う政府の海外経済協力会議が開かれて、対アフリカODAを2012年までに倍増する、とかいうニュースがありましたっけね。
ま、これは錯覚じゃまずいんだけど。

U 「ランボーさんの頭の中で出てくる言葉ですからね。」
K 「おまかせ機能は。」
R 「私の中で今の会話はまるで12年前までにインフラ整備などをした福田首相のような感覚だな。」
U 「絶対時事ニュースみたいなところを見てますよ。」
R 「違う、私の中で詩を紡いでおるのだ。」

17歳の時に慶三氏はランボーと出会った。

K 「あるミュージシャンが、マニックストリートブリーチャーズっていうのがいて、そのギターが高校生のオレには詩的な人に見えてたわけですよ。その人が好きなのが、アルチュー。」
R 「私だろ!」
K 「アルチューのランボー。で、そこで『地獄の季節』とか出てたわけですよ。」
R 「まったく暑苦しいジョークだったな。」

K 「で、オレが飛行機乗って、ハワイかなんか行ったのかな?そん時に持ってたんですよ。たぶん『地獄の季節』だと思うんですけど。『地獄の季節』っていうタイトルがちょっとカッコいいじゃん。」
U 「カッコいい。このタイトル。」
K 「で、持ってって、ホントに意味がわかんなくて。2行読むのに成田からホノルル着いてたんですよ。」
R 「そうだろうな、そのくらい私のはね、難しい。」
K 「っていう印象がすごいあって。」
R 「ちゃんと読んだのか?その後は。」
K 「いや、だから2行しか読んでないですよ。だってわかんねーんだもん。」
U 「わかんなすぎるんですよ、ちょっと。」

Amazonのカスタマーレビューでは「その時点の彼(ランボー)の追いかけた無軌道な生命力と、無機質な現実との戦いの集大成でもあると思います。」とか「ただ、彼は歩く、虚栄を嫌う潔癖な十代を頼りに。」とあります。
(ランボーを読もうと思う方たちは文才もあるのですね。)
10代ならではの熱さを表現している代表作であることはわかるのですが、それでもやはり、なかなか手に取る勇気はない。

K 「だけど最近また買ったんですよ、『地獄の季節』を。そしたらそれは普通に読みやすいんですよ。だからオレが読んだ本が違ったのか、オレの読解力がランボー並みになったのか。」
R 「そうだなー、君の中で空前のM&Aラッシュが起きて、株価が上がって、手が出しにくくなったんだろうな。」
U 「詩じゃないですよね。」
R 「春の株主総会のような感覚だったんだろうな。君の中で株価が上がったんだろうな。詩という銘柄に対する。」
U 「あー、なるほどね、詩という銘柄が。」
K 「言葉のM&Aを繰り返し、成長してった…別に言わなくてもいいですよ、オレはね。」
R 「まったく7月の猛暑の後の訪れたアフリカのような暑苦しいたとえだったな。」

ランボーさんは映画化されている。

R 「あれだろ?シルバー・スタローンが出た。」
K 「シルバー・スタローンじゃないし。」
R 「私は難解だから。やはりシルバー・スタローンぐらいになっちゃう、ボクに書かせると。それはちゃんと読みとってほしい。」
U 「スタローンさんでないやつね。」
R 「ホントの伝記があるらしいな。」
K 「しかも今をときめくレオ様ですよ。レオナルド・ディカプリオ様ですよ。」
U 「知ってますか?世界で超有名なね、人気俳優さんですよ。」

映画「太陽と月に背いて」。日本では1996年に公開されている。
もちろん、DVDも出ている。
私は見ていないが、この映画、かなりディカプリオの評判が良さそうだ。
ちなみに当初はランボーにはリバー・フェニックス、ヴェルレーヌにはジョン・マルコビッチが予定されていたとか。
そうだったとしても悪くないとは思うけど。
今度TSUTAYAに行ったら借りてみようかな。

R 「まあ、私を演るとしたらね、そのくらい、見物人の最前列でのさばってるおやじと同じような俳優にはやらせられないからな。」
K 「まあ、ハイ、としか言えないですよね。」
R 「やはり、そういう意味では、あの暑苦しくて涼しげな顔を持つ俗物のようなディカプリオにやってほしいな。今のは褒めているんだ。」
K 「俗物とは言ったけれども。」
R 「暑苦しくて涼しげな顔をしている俗物、しかしいい俳優である。あいつだな。」
U 「じゃあ、よかったんですね、ディカプリオがやったことはね。」

ランボーさんも納得の配役。
ディカプリオ、やったね☆

K 「で、奥さんがロマーノ・ボランジェっていうフランスのね。」
R 「ロマーノ・ボランジェ。あいつはでっかいケツでオレのベンチを占領していたな。」
K 「見たことあるんですか?」
R 「見たことある。」
K 「オレはもともとそのロマーノ・ボランジェがすごい好きで、いろいろ見て、こんな人だったんだと。さっき闘う詩人と言ってたけれども、革命児なわけですよ。ボクらの周りで言うと、成城の革命児みたいな人いるじゃないですか。」
U 「あー、いましたね。」
R 「あー、いそうだな、成城の革命児っていうのは。」

いましたね、成城の革命児。
いつの時代も革命児はどこかで闘わなければならない。

K 「ああいう感じで、昔の偉そうな詩人が並んでる長テーブルに颯爽とドカンと現れて、『お前らの詩は○○○だ。』って正論をぶつけちゃうわけですよ。で、大暴れして、全部ぶちまけて、それで笑いながら去っていく、みたいな。」
R 「あの時のオレといえば、格好は学生のみたいにだらしないながら、マロニエの木陰で行き交う女たちを物色する。女たちはそんなオレを笑いながら振り向くが…」
K 「今、文章が切れたじゃん、1回。『。』が入ったじゃないですか。」
R 「淫乱な欲望がいっぱいあった。チンピラどもが練り歩く中で、オレはトロンボーンの音を心に…」
K 「誰だ?誰だ?」
R 「誰だ?ってランボーだ。この暑苦しい顔した、中身も外も暑苦しい、ワルツのような男が。」
U 「悪くないね。」
K 「何か一言入れりゃ、詩になると思ってんじゃないですかね?」
R 「思っていないぞ。」

文字にするのも大変ですから。

昔の詩人たちにダメ出し。旧態然としたやつらは新しいものをつぶす。

R 「そうなんだ。それで私は詩をやめたんだ。」

K 「オレはロマーノ・ボランジェが好きでしたから、ロマーノ・ボランジェのおっぱいとか出てくるわけですよ。」
R 「おっぱいもんだ。」
K 「もんだでしょうね、自分の妻ですからね。で、それもありつつ、喧嘩になるわけですよ。アル中ですから。ギャグじゃなくてね。それで大暴れして、ロマーノ・ボランジェの髪に火をつけて、『言うこときけねーのか?』みたいなね。」
U 「攻撃的な性格なんですね。」
K 「『私とこのお腹の子のために。』ってなってても、『じゃかしいわ!』みたいな。それで火をつけて大喧嘩したと思ったら、その次の瞬間、泣きながら『ごめーん、愛してるー。』ですよ。」
R 「そうだな。ヴェルレーヌな。そのくらい、感情って言うのはアツくぶつけあう。そうでないと詩とかアーティスティックなものっていうのは、そのくらいぶつけないといけないんだね。」
K 「別にわがままなわけではない、と。」
U 「情熱をぶつけていた、と。」

ヴェルレーヌは妻も子供もいたんですよね。
激情型だ。
自分の旦那がこうだったらちょっと困るが。アーティストの天才と変態は紙一重と言うし。

R 「そういう意味ではね、私はね、町の役人たちはデブの女房を連れたお付き合いだ。」
K 「主語が町の役人たちでしたけど。」
R 「しかし、フランスの小さな寺院に掲げられている鏡に映る自分の姿のように、その、慶三くん、君、似てるものを感じる。」
K 「え?オレと何が似てるの?町の役人?」
R 「町の役人もまず似ている。で、そのデブの女房も似ている。そして、そういったことを超えて常に喧嘩しながら次にブチューっとしそうな感じが君に何か感じる。」
K 「あー、そこですね。」
R 「情熱的なところは感じる。」
K 「そうですよ。ボクもこの間ラリアットされましたからね。」
R 「やはりか。」
U 「ランボーさんも似たような感じだったんですね、慶三と。」

慶三氏、現代のランボーになれるか?!
激しいなぁ、相変わらず。
なかなか日常的にラリアット受ける人も少ない。

R 「私に言わせればね、我々の欲望は女たちの唇の味までありありと感じる。」
U 「何か時々本物っぽい感じが出てきますよね。」
K 「こういうちょっと、ん?って考えさせられるような表現がもっと増えた方がいいと思うんですよ、今。」
U 「豊かじゃない感じがありますよね。」
K 「自分なりに解読できた喜びみたいなのがあるじゃないですか、ランボーさん。」
R 「その通りだ。わかりやすい文学が今増えすぎてる。」
U 「薄っぺらい感じのが多いですよね。」
R 「もっと、各議会議員が集まって合併に向けた合同の勉強会を6月の定例議会終了後にするかのごとく…」
U 「それ、何か時事ニュースですよね。」
K 「時期がぴったりですけどね。」
R 「私の詩だと言っている。」
U 「…え?終わりですか?」
R 「終わりだ。34歳に見えない彼女。」
K 「おぉ。なんだろな?」
R 「君、難しいのがいいと言っておきながら、難しいこと言うと何だ何だって。」
K 「考えてますよ。楽しい。」
U 「染み込んでるんですよね。解釈してるんですよ、どういうことだろうって。」
R 「新しいハッピーの形をコラボレートするにはメディアインメディアが必要だ。」

ランボーさんの頭の中はいろいろなところに飛んでいます。

U 「詩を作るのをやめてからはいろんな仕事をしてるんですよね。兵士やったり、翻訳家やったりね。」

アフリカで武器の貿易商人もやったりしています。
結構波乱万丈。
この激しさが10代の詩にも表れていたのか?

K 「ランボー、最新作やるみたいですよ。」
R 「またやるみたいだな。」
U 「もう今月、すぐですよね。」
R 「そうだな。あの映画も私が元であるから、ぜひともね、インターネットサービス大手Yahoo!との提携に向けて交渉を開始したMicrosoftのように、羽ばたいてほしい。」
K 「確かに元ネタのこのランボーさんがもっと目立っていいよね?この公開にあたってさ。」
U 「知らない人もいますもんね。」
K 「あなたがパクリだと思われてますからね。」
R 「ホントだよ、この象使いどもが。」
K 「うまいとこ、見つけましたね。」

K 「いつまででも聞いてたいんですけど。何が飛び出してくるのか。」
R 「私はそろそろノルウェーの山々から風が吹き下りてくるように自由に戻らなければならない。」

青ざめて 雪のように美しいオフェリアよ!
お前は死んで 小川の流れに連れ去られる
ノルウェーの山々から風が吹き下りてきて
小さな声で お前に自由を語る
   ランボー 「オフェリア」より

K 「おぉ、風が吹き下りるけれども戻るという。」
R 「そうだ、私は自由に戻らなければならない。オーファリオーたちよ。」
U 「じゃあ、その感じで戻っていただきましょうかね。」
K 「その風に乗っちゃってください。」
R 「100年以上も待っていてくれてありがとう。」
K 「確かにようやく…」
U 「会えましたね。」
K 「あれ?」
U 「もういなくなっちゃったのかな?」
R 「まだいる。」
U 「まだいるんですか?」
R 「まだいるが、間を作ってみたのだ。ゆるやかに長ーい間を作ってみたのだ。森の声が聞こえるかのように、森の声が聞こえるかのように…」
K 「これでフェードでいなくなったんですね。」
U 「じゃあ、今日はどうもありがとうございました。」
K 「…いないんですね、やっぱりね。」
R 「いないのだ。」
K/U 「あぁ。」
R 「あの、『いないのだ』に対して、あぁ!って。さらばオフェーリオー!」

最後は聞きなれた感じのダメ出しで。
どんどん飛び出す、ランボーさんの頭の中。
到底、文学の素人に理解できるはずがありません。
印象的なランボーさんの言葉だけ書きだそうと思ったら、部分部分じゃますます理解できなくて、この長さに…。
ランボーさん、存在すら知らなかっただけに、存在を知っただけでも勉強になりました、たぶん。

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